フルート奏者 越智 章文 X 指揮者 浅野亮介

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Special Interview

浅野
フルートを始めたのはいつですか?
越智
12歳、中学校1年生で吹奏楽部に入部した時です。
浅野
どうしてフルートを選んだのですか?
越智
3歳上の姉がフルートをやっていたんです。その影響ですね。
浅野
高校、大学は音楽系ではなく、一般校に進みましたよね。
越智
はい、その時はフルートを仕事にするという考えはなく、周りと同じように受験して、一般大学の工学部に入りました。
浅野
どうしてフルーティストになろうと思ったのですか?
越智
大学院まで進み、修士2年生の春に就職活動が上手くいかなかったんです。というのも、就職活動をしながらも「フルートをこれからも続けるにはどうしたらいいかな?
どういう会社に入ったら、フルートを続けていけるかな?」とフルート中心に考えてしまって。
その時に、自分にとってフルートがどれほど大切な存在かを実感しました。このままフルートを中途半端に続けるのは嫌だと思ったんです。
浅野
理系で修士まで進んでからのフルーティストへの転向は、かなりの路線変更だと思いますが、迷いや不安はありませんでしたか?
越智
それは当然ありました。でも、不安よりも「やってしまいたい」と思う気持ちのほうが強かったんです。
ところで浅野さん、僕が就職活動がどうしても上手くいかなかった時、浅野さんに電話したのを覚えていますか?
越智 章文
浅野
…。えっ…?
越智
覚えてないんですね…
浅野
あっ、いや、そんなこともあった…ような…気もしないでもないような…
越智
どんなことを言ったか覚えてますか?
浅野
えっ…!? いや、えーと、5、6年前の話だからなぁ…。僕、よくヘビーな話を持ち込まれるのよ!幸せな時は誰も寄って来ないくせに!!
越智
それは…分かる気がしますね…。
浅野
なんでやねん!! で、どんな話だっけ?
越智
就職活動で行き詰って、どうにもならなくなって「もうダメです…。どうしたらいいでしょう…。」って浅野さんに電話したんです。「今からでもフルートの道に進もうかと思うんですが、どう思われますか」って。
浅野
で、僕、何て言ったの?
越智
軽く「ええんちゃう?」って言われました。
浅野
言いそう!! いやー、そりゃ、やらずに後悔するよりは、やって後悔したほうがいいよー。ははは…。でも、僕が「ええんちゃう?」って言ったからフルーティストになったわけじゃないんでしょ?
越智
それは、そうですけど(笑) 気持ち的には、ほぼ固まっていました。
でも、両親も大反対でしたし、誰かに背中を押して欲しかったんだと思います。今でも記憶に残っているくらいだから、この一言は結構大きかったと思いますよ。
浅野
…。…。…。 それでは次の質問です!! 急転直下、人生の舵を斜め上にきった越智くんは、パリ留学を目指しましたね?
越智
はい。まずは大学院修士を卒業するために2010年春まで工学を勉強し、同時に留学の準備を始めました。そして、その年の夏に渡仏しました。パリにいたのは3年間ですね。
越智 章文
浅野
パリの生活は、楽しかった?苦しかった?
越智
うーん、半分半分ですねー…
浅野
パリに渡って「よかったな」と思う点は?
越智
クラシック音楽が生まれた国々の文化に直接触れることができたことです。
音楽だけでなく、言葉を話したり、現地の人と直接やり取りしたり。コンサートも安くて、毎週でも通うことができます。
あちらでは、とても身近なところに音楽があるんです。
浅野
苦しかった点は?
越智
文化の違いですね。
あちらでは日本で考えられないくらい、いい加減なことが多いんです。携帯電話の契約一つとっても、店員さんと上手く話ができません。
色々とお願いしても「それは僕の仕事じゃないから」と言われてケンカみたいになったり、滞在許可も簡単には下りなかったり、日本だったらスムーズに事が運ぶところで、一々つまづくんです。
パリは古い都市ですから、アパートで水漏れが起こったりします。でも、水道屋さんに修理をお願いしても、いつ来るか分からない。1日中、家でぼーっと待っていなければいけないことだってありました。生活面は、大変でしたね。
浅野
音楽面では?
越智
パリに留学に来るような学生は、皆、本当にレベルが高いんです。
僕のように一般大学出身で、趣味としてフルートを吹いてきたような人はいません。刺激や勉強になる半面、精神的にとても苦しかったです。劣等感に苛まれましたし、自分のことを恥ずかしいと思いました。この経験があったから頑張れた、ということもあるのですが…
浅野
パリ生活で最も印象に残っていることは、どんなことですか?
越智
「Carrefour」というスーパーがあるのですが、そこのレジで、おばちゃんにビールをぶっかけられたことです。
浅野
えっ、ビール…!?
越智
レジで並んでいたら、真後ろに並んでいたおばちゃんが手に持っていたビールを派手に落としたんです。
落とした拍子にビールの飲み口が少し開いたみたいで、その隙間がシューシューと音をたてていたんですよね。僕は「イヤな予感がするなぁ…」と思っていたら、おばちゃんが拾い上げた瞬間、飲み口が爆発して僕は頭からビールをかけられてずぶ濡れになりました。
プロ野球で優勝した時のビールかけみたいでした。
浅野
その後、おばちゃんは!?
越智
フランス人には珍しく「Désolée…」(ごめんなさい)と言われました。
僕は「フランス人なのに謝ってくれた!」と思ったのですが、その後、「でもね…」と怒涛の言い訳が始まりました。すごい勢いで。僕は「あ、ああ、もういいですよ…」と許してあげました。レジに並んでいたので、仕方なく、ずぶ濡れのまま自分の買い物をしようと思ったら、レジのお兄さんに爆笑されました。
「HAHA…!た、大変だったね HAHAHAHAHA …!!! ティ、ティッシュいる…? PHAHAHAHAHA!!!」って。
浅野
日本だったら「お客様、大丈夫でしたか!?」って言うところだよね(笑) えっと、これは辛い思い出…なのか…?
越智
いいネタができたと思いました。
浅野
関西人やね…
越智
今でもすべらない話としてよく使います(笑)
(この後、パリ生活で印象に残った出来事Ⅱとして「スリにあって1ヶ月極貧生活ネタ」が続きましたが、スペースの関係上、割愛させていただきます。詳しくはご本人にお尋ね下さい)
越智 章文
浅野
その後、帰国してフルーティストとして活動されているわけですが、「やっぱり音大に行っておいたほうがよかった」と思いますか?
越智
全然思いません。
今や、一般大で勉強し、学校生活を送ることができたほうが、良い経験が出来たと思っています。音楽家同士のつながりをあまり持てなかったのは、残念なのですが。
それから、一般大であっても、当時からもっとコンクールや講習会に参加しておけばよかった…という後悔はあります。
浅野
影響を受けた音楽家や尊敬するフルーティストはいますか?
越智
うーん、ランパルやパユのような偉大なフルーティストは尊敬もし、勉強にもなりますが、影響を受けるのは、もっと身近な人たちですね。
これまでレッスンを受けてきた先生たちの言葉は、どなたのものでも、僕の音楽に影響を与えていると思います。
浅野
今までの人生で、一番嬉しかったことはなんですか?
越智
うーん…これは難しい質問ですね! 今回ハチャトゥリアンを吹かせていただけることも、相当に嬉しい出来事なのですが…一番は両親がパリに来た時のことですね。
パリの街を3人で歩いて、色々案内しました。両親はとても喜んでくれて、それがとても嬉しかったです。
僕は両親の反対を押し切って音楽家になりました。
やはり心のどこかに罪悪感があったのだと思います。それに両親のほうも、反対しつつも遠い国で僕がしっかりやっているのか心配だったようで、僕がフランスで頑張ってる姿を見て、少しは安心してくれたようです。
やっぱり親が喜んでくれるっていうのは嬉しいものだし、ほっとしますね。
浅野
ハチャトゥリアンのフルート協奏曲とは、どんな曲ですか?
越智
形式がはっきりしていて、聴きやすい曲です。時折出てくる土臭く、情緒的な旋律が自分の性格とマッチしているみたいで、とても気に入っています。
浅野
かなり難しいですよね?
越智
もちろん技術的な難しさもあります。しかし、本来ヴァイオリンのための協奏曲ということで、フルートにとっては体力勝負なところがあります。
練習では全曲通して吹いても疲れるということはありませんが、本番の舞台上で平常心を保ちつつ、普段の呼吸ができるかどうか。もし1楽章・2楽章で消耗してしまったら、あの激しい3楽章をまともに吹くことはできないと思います。それが、とても怖いですね。体力と同時に心のコントロールも要求され、とても挑戦し甲斐のある作品だと思います。
浅野
「ここを聴いて欲しい!」という点はありますか?
越智
先程も言いましたが、魅惑的な旋律ですね。ただ超絶技巧を披露するだけの曲ではない、豊かな表現を聴いてもらいたいです。
浅野
これから、どんな音楽家を目指したいですか?
越智
これまでのようにソロで活動しつつ、教育にも力を入れたいと思っていますが、オーケストラ奏者を目指したいという気持ちもあります。まだまだ迷い中です。その時、その時でベストな選択をしていければいいなと思っています。
浅野
それでは最後に、11月8日の演奏会にご来場いただける方々にメッセージをお願いします。
越智
ハチャトゥリアンは技術的にも難しく、精神的にも考えさせられることが多い作品ですが、これほどの大曲を演奏できる機会などほとんど無く、アンサンブル・フリーの皆さんと一緒に本番に向けて作り上げていきますので、是非楽しみにしていただきたいと思います!

越智さん、ありがとうございました!

作曲家の山本和智さんのインタビュー記事はこちら