ENSEMBLE FREE EAST

第7回演奏会

本日はお忙しい中、ご来場いただき誠にありがとうございます。皆さまの温かいご支援を賜り、私たちアンサンブル・フリーEAST の第7回演奏会を開催できますこと、厚く御礼申し上げます。

さて、今回は1940年代のアメリカで書かれた3つの作品を取り上げます。折しも第二次世界大戦の影響で混迷を極めたこの10年間は、焦土と化したヨーロッパではなく、新天地アメリカにおいてアメリカらしいポップな感覚を持ち合わせた傑作が誕生しました。すなわち、バーンスタイン作曲《プレリュード、フーガとリフ》(1949)、バーバー作曲《ヴァイオリン協奏曲》(1940)、ストラヴィンスキー作曲《3楽章の交響曲》(1945) です。

「前奏曲とフーガ」や「協奏曲」「交響曲」という過去の偉大な作曲家たちの駆使した形式に対し、3人の作曲家は近代的で刺激的な響きを用いて「新しいクラシック」を生み出すことに力を注ぎました。過去から未来へ。それは「夜明け=未だ見ぬ世界」へと歩を進める作曲家の姿勢をそのままタイトルとした神本真理さんの新作《à l'aube, les pas…》(夜明けへのステップ)にもうかがえます。また、バーバーのヴァイオリン協奏曲の独奏者には、正に未来の音楽を担う若きヴァイオリニスト 岡本誠司さんを迎えます。

音楽に限らず、如何に困難な時代であっても、過去から未来へと命や心を繋ぐ営みは止まることはありません。皆様にとって新しい音楽、新しい時代を感じ取れる演奏会となれば幸いです。

アンサンブル・フリーEAST
代表 浅野 亮介


演奏会詳細

2017年3月25日(土)14:00 開演
第7回演奏会
  • バーンスタイン:プレリュード、フーガとリフ
  • バーバー:ヴァイオリン協奏曲
  • 神本 真理:《à l'aube, les pas...》(夜明けへのステップ)委嘱作品/世界初演
  • ストラヴィンスキー:3楽章の交響曲

* 指揮:浅野 亮介
* ヴァイオリン独奏:岡本 誠司
江東区文化センター大ホール
入場料 1,000円(全席自由)

楽曲解説

バーンスタイン プレリュード、フーガとリフ(約8分)

ユダヤ系アメリカ人の音楽家レナード・バーンスタイン(1918-1990)には、まず指揮者というイメージが先行する。彼は長年に渡ってニューヨーク・フィルハーモニーのタクトを振り、1969年に同オーケストラの常任指揮者を辞任した後も活発な客演指揮活動を行った。また、現在のマーラー演奏のスタンダードを築いたと評される2種類のマーラー交響曲全集を録音しており、H. v. カラヤンと並んで20世紀を代表する指揮者の1人に数えられる。しかし作曲家としても、ミュージカル《ウェスト・サイド・ストーリー》(1957)に代表されるような、ポピュラー音楽やジャズの語法を取り入れた作品を数多く残したことで有名だ。

独奏クラリネットとジャズ・アンサンブルのための《プレリュード、フーガとリフ》は、ジャズ・クラリネット奏者ウディ・ハーマンのビッグ・バンドの委嘱により、1949年に作曲された(1952年改訂)。楽曲完成当時、ハーマンのバンドは一時的に解散していたため、初演はベニー・グッドマンを独奏に迎えて1955年に行われ、この楽曲は彼に献呈された。独奏クラリネット、サックス、トランペット、トロンボーン、ピアノ、打楽器、コントラバスという典型的なビッグ・バンドの編成を取るが、即興演奏が行われる箇所はほぼなく、総譜からは作曲者がジャズ的なパッセジを細かく書き示した様子がうかがえる。

全体は、金管楽器のための「プレリュード」、サックスのための「フーガ」、アンサンブル全体のための「リフ」の3部分で構成されており、全て連続して演奏される。「プレリュード」は、中間部を除いてほぼ毎小節変化する拍子が特徴的である。

5本のサックスによる「フーガ」は、ヘミオラを用いた拍節の面白味がある。また、リズミカルで和声的な縦の動きと旋律の横の動きが同属楽器で同時に演奏されることで、繊細なテクスチュアが生み出されている。最後の部分のタイトルである「リフ」とは、そもそもジャズとスウィングの一般的な仕組みで、旋律的および和声的な短いフレーズの反復を指す用語である。まずピアノと独奏クラリネットで始まり、そこに徐々に楽器が加わりトゥッティへ向かうという、一種のジャムセッションのような要素が見られる。楽曲末に設けられた、「3回以上反復すること」と指示された5小節のフリー・セッション部分では、どのようなアドリブが繰り広げられるのか楽しみにお聴きいただきたい。

文責・内藤 眞帆

バーバー ヴァイオリン協奏曲(約24分)

アメリカ、ペンシルヴァニア州生まれの作曲家サミュエル・バーバー(1910-1981)は、20世紀においてもロマン派的な創作姿勢を貫いた人物である。映画『プラトーン』(1986)に用いられたことで有名な《弦楽のためのアダージョ》(1936)からも明らかであるように、彼の作風の特徴は、何よりも旋律性の豊かさにある。そのため彼の楽曲は、前衛音楽を積極的に演奏することが少なかったトスカニーニやワルターという20世紀前半のアメリカにおける代表的指揮者に好意的に受け入れられ、彼らによって演奏、録音された。

《ヴァイオリン協奏曲》は、フィラデルフィアの産業資本家で、バーバーの卒業したカーティス音楽院の評議員であったサミュエル・フェルズにより、彼の養子のヴァイオリニスト、アイソ・ブリゼッリのための楽曲として1939年に委嘱され、同年に作曲された。バーバーは、まず最初の2楽章を完成させてブリゼッリに送ったところ、「協奏曲としては単純すぎて華やかではない」と言われてしまう。そこで第3楽章を、独奏奏者の技巧性を存分に発揮できる楽章にすべく着手したが、今度は「難しすぎる」と言われてしまう。結局のところ、初演はブリゼッリではなくアルバート・スポルディングの独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管によって1941年に行われた。なお、後年の1948年には、「アダージョのクライマックスに対する不満と終楽章の不鮮明な管弦楽法」を改善するため、重複した木管声部の削除などの改訂が施されている。

第1楽章は独奏ヴァイオリンによる主要主題で穏やかに始まり、副次主題は第1クラリネットにより提示される。独奏されたこの2つの主題は、楽章のクライマックスではほぼ全ての奏者によって一斉に、華やかに演奏されることになる。主に弦楽パートに被せるかたちで用いられているピアノは、とりわけ目立つわけではないが、この楽章に一貫してみられる透明感ある響きを生み出す役割を果たしている。オーボエが奏でる旋律によって牧歌的に始まる第2楽章には、ひたすらに旋律を歌わせるバーバーの真骨頂が見られ、ロマンチシズムが色濃く充満している。第3楽章は第1、第2楽章とは異なり、無調的で無窮動、かつ不規則な拍節を取る。ティンパニによって快活に奏されたリズム動機を受け継いだ独奏ヴァイオリンは、なんと110小節もの間、一切の休符を挟まずに3連符のパッセージを弾き続け、最後まで息もつかせぬ勢いで駆け抜ける。

文責・内藤 眞帆

神本 真理 à l'aube, les pas...(夜明けへのステップ)(約10分) 委嘱作品/世界初演

この作品は、「夜明け」という曖昧な時間帯についての描写を音で綴ったものではありません。寧ろ、〈見えないところから、何か明るみを帯びた『未だ見ぬ世界』を見ようとする、淡い期待感〉のような感覚を、「夜明け」という言葉で比喩的に置き換えています。そんな未体験の空間(形の曖昧なオブジェ)を、時系列に沿って見つめるのではなく、遠くから、また、近くから眺めるプロセスを、見る角度を変えながら少しずつ歩み寄り、限りなくクリアなものとして捉えていくさまを音楽化しようと考えたわけです。いわば、ほのかに見え隠れする未体験の空間へと歩を進める、その架空の行為を、《夜明けへのステップ》という表現でメタファーとし、音に投影した幻想曲とでも言えましょうか。

また、兼ねてからの私の創作のテーマ〈残響を聴く〉という点において、本作品では、随所に設けられたポーズにこそ、個々の聴き手によってしか得られない、各人固有の〈(残響への)耳の傾け方〉を自由に解放する場があると考えています。前記した〈未体験の空間〉に歩み寄る過程において、決して騒々しい空間ではなく、静謐な世界へと身を寄せていく期待感と、〈残響を聴く〉感覚とは、少なからず近しいものがあるように思います。

私は、オーケストラという〈種々の楽器による集合体〉を、生命力にあふれた楽器達による社会構造である、と考えています。ですから、個々の楽器ごとに時折、ソリスティックな楽想が交錯することは、各々の楽器の〈ささやかな独り言〉を模したものだと捉えています。特にピッコロについては、打楽器パートにおけるバード・ホイッスルに呼応するかのように、きわめて断片的であり、且つ、ゆったりと進む音空間に拮抗するかのようなパッセージが度々登場します。また、曲の随所に現れるハープの断続的な動機は、この作品全体の有機性をも齎す働きをしています。曲の後半において、懐古的なテイスト漂う〈お祭り〉のような部分が訪れますが、ここで聴かれる固有の拍節感は、やがて、限りなく音を削ぎ落とした終結部分へと導かれていきます。

〈艶やかな音像と、その残響への探求〉が、この作品の核となることを想定しながら書き進めた音楽であります。

神本 真理

ストラヴィンスキー 三楽章の交響曲(約22分)

イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)は、1910年代のパリにおいて作曲した《火の鳥》(1910)、《ペトリューシュカ》(1911)、《春の祭典》(1913)という三大バレエ音楽によってその名を一躍有名にした、ロシアの作曲家である。彼は1907年に《交響曲第1番》を完成させた後、バレエ音楽に集中的に取り組んだため、再び「交響曲」が作曲されたのは1930年のことであった(《詩篇交響曲》)。1920年代以降のストラヴィンスキーの作風である、後期ロマン主義の反動としての形式の明確性や反半音階主義を特徴とした「新古典主義」を反映したこの時代の彼の交響曲には、ヨーロッパ音楽の伝統文化としての「交響曲」との意図的な対峙が見られよう。

1910年代からフランス(一時スイス)に住んでいたストラヴィンスキーだが、ナチス政府の権力が強まりつつある30年代のヨーロッパにおいてその前衛的な作風は好まれず、1939年にアメリカへ亡命する。1942年から45年にかけて作曲された《三楽章の交響曲》は、亡命後に最初に発表された楽曲であり、ニューヨーク・フィルハーモニックに献呈され、作曲者自身の指揮のもとニューヨーク・フィルによって翌1946年に初演が行われた。

全体は、タイトルの通り3楽章から構成される。作曲当初は「管弦楽のための協奏曲」として構想されていたため、第1楽章ではピアノが、第2楽章ではハープが、そして終楽章ではピアノとハープの両方が独奏楽器的に用いられているものの、第1楽章以外は協奏曲の趣向を見せているとは言い難い。

第1楽章には旋律らしい旋律はほぼ登場せず、拍節リズムや音の動きがむき出しになり、ピアノは打楽器的に用いられている。第2楽章は、ホルンを除く金管楽器、打楽器、バス・クラリネット、コントラ・ファゴットが登場しない小編成を取ることで、ハープの繊細な音色が活かされていることが分かる。第2楽章と第3楽章の間には7小節の短い間奏が置かれ、アタッカで演奏される。スケルツォとフィナーレの性格を併せ持つ第3楽章の楽器編成は、第1楽章の編成にピアノを加えたもの。ファゴットの2重奏で始まる快速な部分や、トロンボーンによって開始されるフーガ部分を挟みつつ、歯切れの良いトゥッティによって華々しく締めくくられる。

文責・内藤 眞帆

スペシャルインタビュー

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