作曲家 神本 真理 X 指揮者 浅野亮介

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Special Interview

浅野
今日は午前中から貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。
神本
いえ、こちらこそ、今日はよろしくお願いいたします。
浅野
早速ですが、神本さんが作曲家を目指されたのは、いつ頃でしょうか?
神本
中学生の頃から作曲の道を徐々に意識していましたが、高校1年の時に大学の進路に関する調査がありまして、その時に「この道しかないな」と考えました。
浅野
ああ、ありましたね、そんな調査! 僕と神本さんは同じ神戸高校出身で1年違いなので、色々と当時の様子が思い出されます。神本さんは、しょっちゅう授業を欠席していた記憶があります。
神本
そうなんです。当時から音楽活動を盛んにしており、ヤマハのJOC(ジュニアオリジナルコンサート)という企画で海外に行ったりもしていたので…
浅野
確かに当時から、ものすごくご活躍でしたよね。
神本
いえいえ、そんなことはありませんが…
浅野
海外と言うと、どこへ…?
神本
小学5年生でオーストリア、中学1年生でシカゴ、中学2年生でベルギーとカナダ、高校1年生で再度カナダに行き、最後にフランスを訪れました。
浅野
各国で演奏されたのですか?
神本
そうです。全国から選抜された子どもたちが各国で自作自演する企画です。
浅野
どのような曲を演奏するのですか?
神本
ピアノやエレクトーンのソロ、また、打楽器なども加わったアンサンブルの自作品ですね。
浅野
当時から国際的に活躍されていたのですね!影響を受けた作曲家はいますか?
神本
特に深く影響を受けた作曲家というわけではありませんが、ドビュッシーは好きです。現代の作曲家では、ジェラール・ペッソンでしょうか。
浅野
ペッソンを知っている人は中々いないと思いますが、一体どんな作曲家なのでしょうか。
神本
ドイツの現代作曲家ラッヘンマンのフランス版のような人で、両者の音楽性は全く違うのですが、楽器を叩いたり、こすったり、特殊奏法を多く用いる作曲家ですね。
浅野
神本さんの作品にも、そのような奏法が多く見受けられます。
神本
そうですね、あれはペッソンの影響を少なからず受けているのかもしれません。
浅野
正直に申し上げると、僕は特殊奏法の多用には懐疑的になることがあります。例えばピアノを叩くのであれば、はじめから打楽器を指定して作曲すればいいのではないでしょうか
神本
そうですね。でも、打楽器では出ない、ピアノを叩くからこそ出せる音があるんですよ。楽器はそれぞれ「共鳴体」です。その楽器を叩いたり、こすったりするから出る音がある。それを活かしたいと思っています。
神本 真理
浅野
なるほど。ドビュッシーもペッソンもフランスの作曲家ですね。そして、今回の作品もタイトルが"à l'aube, les pas..."とフランス語です。フランス音楽の影響がかなり色濃く出ていますね。神本さんにとって、フランスとはそれほど親しみのある国なのですね。
神本
はい。先ほど申し上げたJOCの企画で最後に訪れた国がフランスでした。その時、自由時間に「ベルサイユ宮殿か、コンセルヴァトワールか、どちらかを観に行くとしたら、どちらがいいか?」と尋ねられました。コンセルヴァトワールはバカンスの季節で中を観ることはできませんでしたが、それでもコンセルヴァトワールを選び、外側からその建物を眺めました。
浅野
既に高校生の頃からフランスという国と接点があったのですね。
神本
そうです。その後、東京藝術大学で作曲を学び、私と世代の近い先輩方がパリに留学していて情報が入りやすかったということもあり、私もパリ留学を決めました。
浅野
楽譜の中の指示記号から楽器編成表まで全てフランス語ですよね。
神本
それは統一感を持たせるためですね。フランスで学んでいる時に「一つの作品の中でイタリア語や英語など色々な言語が混ざるよりは、全て同じ言語で統一したほうがよい」と言われました。作曲の時でも、それ以外の日常でも、何かアイディアが思い浮かんでくる時はフランス語ですね。言語構造的に考えがまとまりやすいのかもしれません。
浅野
どっぷりフランス漬ですね(笑)!
神本
ですが、今年は帰国して丁度10年目。色々な人にフランス音楽の影響を指摘されるものの、「フランスかぶれ」な音楽にならず、自分のオリジナリティを出していければと思っています。
浅野
既に神本さんの作品から独自の世界観は感じますよ。でも、そう言えば僕は神本さんのプライベートな部分をほとんど知らないですね。例えば休日などは、どんな風に過ごされているのですか?
神本
「今日は休日!」という日があまりない職種ではありますが、美術館に行ったり、映画に行ったり、あとはダンスを観に行くのも大好きです。コンサートに出かけることは、どうしても「仕事の耳」を働かせることになってしまいますので(笑)
浅野
最近はどんな映画をご覧になりましたか?
神本
邦画の「ハッピーアワー」を見ました。さまざまな境遇の男女のストーリーなのですが、3本仕立て(約6時間)で、全て観終わった後は単なる恋愛模様以上に大きなテーマを感じましたよ。
浅野
面白そうですね!美術館は?
神本
マティスとルオーの展覧会を。
浅野
あ、それ、汐留ミュージアムのやつですね!
神本
そうです。
浅野
あそこ、ルオーの所蔵が充実してますよね。僕もルオーは好きですよ。それにしても、やっぱり美術もフランス系がお好きなんですね(笑)
神本
映画だとアメリカのものも見ましたよ。「セッション」というジャズミュージシャンの話ですが。
浅野
それも見ました!あの先生、スパルタすぎでしょ(笑)
神本
音楽の世界は厳しいものですが、あそこまでスパルタな先生はなかなか見ませんね。
神本 真理
浅野
神本さんはあんな感じの先生に教わったことはありますか?
神本
さすがにありません(笑) でも、ある先生から「君は音楽家になるのは無理だよ」と言われたことはあります。
浅野
厳しい一言ですね…。その言葉をどう受け止めましたか?
神本
それを言われた時は、本当にショックでしたし、悲しかったですね。しかし、同時に「絶対、音楽家になってやる」とも思いました。
浅野
さすがに芯が強い。他にも辛いことはありましたか?
神本
直接音楽と関係はありませんが、父が亡くなった時は、とても辛かったですね。どなたでも、家族が亡くなるというのは辛いことだとは思いますが…
浅野
いや、家族もそれぞれですよ。神本さんは、お父様と仲が良かったのですね。
神本
はい、敬愛していました。器の大きな、目標になる人でした。亡くなった時は、現実が受け止められませんでした。今でも困ったことがあれば、「父が生きていれば相談できたのに」と思うことがあります。
浅野
何かお父様との思い出はありますか?
神本
幼い頃、父とよく散歩をしました。帰宅したら、私は散歩で見た風景をピアノで弾いて音楽にするんです。父はそれを聴いてくれました。これが私の作曲の原点なんです。
浅野
そんなところに原点が…。お父様も現代音楽がお好きだったのですか?
神本
いえいえ、バッハやモーツァルトをよく聴いていましたね。
浅野
お父様が今の神本さんの作品をお聴きになったら、どんな感想をお持ちになったでしょうね。
神本
いわゆる無調の現代音楽を書いて父に聴いてもらったのは1回しかありません。大学1年生の時の藝祭(東京藝術大学の学園祭)での演奏です。
浅野
お父様は何と仰っていましたか?
神本
それが…カメラで撮るのに夢中だったようで、結局はあまり聴いていなかったかもしれません(笑)
浅野
微笑ましいですね。お父様が亡くなった時のお気持ち、お察しします。逆に、今までで嬉しかったことは何でしょうか?
神本
思わぬところから作品を依頼され、演奏が実現し、また、それが褒められた時は、とても嬉しいですね。
浅野
例えば?
神本
パリにいた時にアンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバーに木管五重奏曲を演奏してもらった時とか。
浅野
アンサンブル・アンテルコンタンポランですか!?ブーレーズが設立した現代音楽のスペシャリスト集団ですね!それはレベルも高いでしょうし、嬉しいでしょうね!
神本
とても素晴らしい演奏でした。
神本 真理
浅野
それでは音楽から少し離れて、何かご趣味はありますか?
神本
趣味というほどでもありませんが、走るのは好きです。陸上部に仮入部に行ったこともありますし。
浅野
それは初耳です。華奢なお身体からは、なかなかイメージできませんね。
神本
よく言われます(笑) 学生の頃は音楽活動が忙しく、部活動として続けることはできませんでしたが、体を動かすのは好きですよ。走っている時の風景、風や木々の音など…
浅野
それは、今回の作品にも通じるところがあるように思います。神本さんの作品からは「音楽」というより、風景描写、風の音や木々のざわめきに近いものを聴きとることができる場面があります。他にも「残響」にこだわりを持って作曲されたことは練習を通してお伺いしていますが、これも自然の描写に通じるのでしょうか?
神本
いえ、「残響」に関しては、様々な意味合いを持って用いていますが、一つは短い音楽的な断片をつなぎ、息の長い音楽にする効果を狙っています。私は息の長い音楽を書くのが苦手でして、それが自分の弱点だと思うのですが、残響を用いてそれらをつなぎ合わせることで、弱点を克服しようと試みています。
浅野
今回の作品も、開始早々、長い残響を聴かせる数小節が設けられていますね。
神本
そうです。開始直後なので、聴かれる方は少し戸惑われるかもしれません。しかし曲が進み、繰り返しそのような体験をすることで、残響に意味を感じていただけるかと思います。一見、取るに足らない要素が発展していく様を聴いていただきたいですね。
浅野
神本さんの作品の残響は、単に音楽的な機能を持つだけでなく、作品全体の雰囲気づくりにも効果を発揮しているように思います。
神本
私としては、香水の残り香のようなイメージを持っています。
浅野
確かに、残響によって官能的な世界が創り出されているように感じますね!他にも作曲される際に気をつけていることはありますか?
神本
前に書いた作品より何か一つでも多くチャレンジすることを自分に課しています。
浅野
今回の作品では、どのようなチャレンジをされたのですか?
神本
今回作曲した"à l'aube, les pas..."の前に、フルート、ヴィオラ、ピアノのための三重奏曲を書きました。ドビュッシーの作品にフルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタがありますが、このような三人編成の室内楽は大好きです。また、その後にトランペットのための独奏曲を書く機会がありました。私は金管楽器のために作品を書くことがそれほど多くなく、この作品のためにトランペットを研究し、多くを学びました。三重奏曲で木管と弦の響きを、トランペット作品で金管の響きを研究しましたので、これらを組み合わせ、より発展させることを、今回の管弦楽作品の課題としました。
浅野
そのチャレンジは、上手くいきましたか?
神本
どうでしょう…。練習に立ち会った際に「こう書いておけばよかったかな…」と思うことは多々ありますね。
浅野
管弦楽作品の作曲は音数も多いので難しいでしょうね…。今回の作品を書くにあたって、他にも苦労した点はありますか?
神本
オーケストラの規模を前もって聞いていましたので、各々の楽器群ごと、また、異なる楽器群とのバランスに注意しました。それから、パーカッションを効果的に使うよう知恵を絞りました。
浅野
確かに今回の作品には、バードホイッスルやレインスティック、サンダーシートなど、珍しい打楽器の聴かせ方も魅力の一つだと思います。他に"à l'aube, les pas..."の聴きどころはありますか?
神本
一つの物語を眺めるように、音風景の移り変わりを楽しんでいただけたらと思います。
浅野
先ほども言及しましたが、神本さんの作品は音楽というより風景を感じる場面が沢山ありますね。それを出来る限り伝えられるよう演奏者としても力を尽くします。それでは、神本さんの今後の音楽活動の展望を教えて下さい。
神本
今と変わらず、自分のスタイルを追求し、発展させていきたいです。
浅野
最後に、今回の演奏会について一言、お願いします!
神本
作品とは、それだけで成り立つものではありません。演奏する方がいてはじめて成り立ちます。私の世界、音の空間に、演奏する方がどのように交わってくるかによって、結果は常に変わってきます。アンサンブル・フリーEASTはとてもフレッシュな感性を持ったオーケストラだと思います。私の作品とこのオーケストラが交わることによってしか出せない響きを聴きに是非ご来場下さればと思います。
浅野
今日はたくさんのお話、本当にありがとうございました!
神本 真理

神本さん、ありがとうございました!