≪ヴァイオリンとオーケストラのための「We Eat, Dance, Kill, and Mix」≫の作曲者である向井響さんと、ヴァイオリン独奏を務める千葉水晶さんにインタビューを実施しました。インタビュアーは金﨑奎(当団Tp奏者・事務局長)です。
作品について
- 金﨑
- 本日はよろしくお願いいたします。
- 向井・千葉
- よろしくお願いします。
- 金﨑
- まずは、今回の委嘱作品である、ヴァイオリンとオーケストラのための「We Eat, Dance, Kill, and Mix」を作曲された背景についてお伺いできればと思います。
- 向井
-
このタイトルはブラジルの女性詩人ヒルダ・ヒルストの言葉を引用したものです。彼女は非常に急進的な活動をされていた方ですが、かつてポルトガルがブラジルからの移民を受け入れ始めた際、彼女は移民がポルトガルに同化していくプロセスについて、「comemos,
dançamos, matamos e misturamos (We eat, dance, kill, and
mix)」という強い言葉を残しました。「私たちはポルトガル人と同じものを食べ、一緒に踊る。しかし、ポルトガル人自身はブラジル人を植民地時代の名残から見下しており、対等に認めていない。ブラジル人がクラブで殺害されるような事件などの衝突が起きながらも、人種が混ざり合っていく。」といった背景を表した言葉です。こうした問題は世界中で起きています。決して移民政策に対する政治的な批評がしたいわけではないのですが、社会状況や世界を見て感じたことを音楽にすることは、作曲家としての営みの一部だと考えているので、今回はこの難しいテーマをあえて取り上げてみました。
曲の冒頭からオーケストラとヴァイオリンを異質なものとして描き、そこからラテンのリズムで共に踊る場面へと移り、一度音楽が完全に死に絶えるような箇所を経て、最終的にヴァイオリンとオーケストラがリズムを共有しながら、全てが混ざり合っていく。そのプロセスを美しく描くことを作品のゴールに設定して作っていきました。
- 金﨑
- 不勉強ながらヒルダ・ヒルストさんの名前は初めて聞きました。ポルトガルやブラジルでは有名な方なのでしょうか?
- 向井
- ブラジルでは非常に有名な方です。彼女の詩は難解で、先ほどの「We eat, dance...」という一節も、象徴的な言葉です。ポルトガルやブラジルの画家が彼女の言葉をテーマに絵を描くほど、文化的な影響力の大きい方です。
- 金﨑
- そうなんですね。先日、東京佼成ウインドオーケストラさんで初演された向井さん作曲のチェロ協奏曲の解説動画を拝見しましたが、そちらもポルトガルやブラジルの要素が組み込まれているようでした。何か関連性があるのでしょうか?
- 向井
- 実は姉妹作なんです。同じ時期に書いていたので、自分の中の興味が共通していました。作品ごとに全く別の人間になる必要はないと考えています。ダンスのシーンや、最後に向かって混ざり合っていく展開など、一部の要素を共有させています。
- 金﨑
- チェロ協奏曲は1年ほどかけて作られた難産だったそうですが。
- 向井
- そうですね。構想から数えれば1年ほどかかりました。今回の作品も、チェロ協奏曲と並行して交互に筆を進めていたので、昨年1年間はずっとこれらの作品に向き合っていた感覚です。
- 金﨑
- 現在はポルトガルの大学にいらっしゃるそうですが、やはり周囲にはブラジルからの移民の方が多いのでしょうか。
- 向井
- はい、非常に多いです。私自身も一人の「移民」として現地に住んでいるので、ビザの問題などは切実です。現在、ポルトガルは政治的に右傾化しており、ビザのルールが毎週のように変わります。翻弄されているのは主にブラジル人の方々ですが、不法移民対策のしわ寄せが普通に暮らしている人々にも及んでいます。移民同士の結びつきは強く、弁護士を紹介し合うなど助け合って生きています。そのため、ブラジルの友人はたくさんいますね。
- 金﨑
- 次に千葉さんに伺いますが、今回の作品の印象はいかがですか。
- 千葉
- 特殊奏法が非常に多い曲ですね。完全5度が積み重なったり、微妙に音程が変化したりと、一般的な楽曲ではあまり出てこない指の使い方が求められます。最初に届いた初稿にはとんでもない速さの箇所があり、「これは弾けない」と伝えて少し遅くしてもらったこともありました(笑)。ただ、難易度として「特殊すぎて手が出ない」ということはなく、十分に挑戦しがいのある範囲です。また、標題音楽としての背景があるので、ただのヴァイオリン協奏曲と言われるよりも表現のイメージを作りやすいです。風景描写というよりは、タイトルにあるような人間同士の感情を表現する、非常に強いエネルギーを持った作品だと感じています。
音楽人生について
- 金﨑
- ここからはお二人のこれまでのご経歴について伺います。千葉さんがヴァイオリンを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
- 千葉
- 始めたのは3歳の時です。母がピアノを弾く人で、ヴァイオリンへの憧れがあったらしく、勧められるままに始めました。子供だったので当時の記憶はありませんが、趣味で始めたものが次第に生活の一部になり、気づけばこの道を進んでいた形です。
- 金﨑
- 影響を受けた、あるいは好きな演奏家はいらっしゃいますか。
- 千葉
- 辰巳明子先生やザハール・ブロン先生をはじめ、師事していた先生方には長くお世話になりましたが、そこにはレベルの高い先輩方がたくさんいらっしゃいました。直接の面識はありませんが、マキシム・ヴェンゲーロフさんの録音はよく聴いていました。彼の素晴らしい音質は、私の目標の一つでした。好きな作曲家でいうと、古い時代の音楽か、あるいは近代に近い時代の音楽が好きという極端な傾向があります。ベートーヴェンやバロック音楽、あるいはラヴェルやショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキーといったロマン派後期以降の作曲家を好んで演奏します。
- 金﨑
- 続いて向井さん、作曲を始めたきっかけを教えてください。過去に実施した双子のご兄弟の向井航さんへのインタビューにて、お二人でよく音楽の話をされていたと伺いましたが。
- 向井
-
幼少期、ピアノがおもちゃ代わりでした。弟の航と一緒にピアノで遊ぶ中で、「ドとミを同時に押すと綺麗な音がする」といった発見をしていったのが3歳頃です。8小節ほどの短いメロディを作って親に見せ、褒められたのが嬉しくて作曲を始めました。
小学校1年生から本格的に作曲のレッスンを受け、中学1年生の時に書いたピアノとオーケストラの曲で、新日本フィルハーモニー交響楽団と共演する機会をいただきました。自分の書いた曲が大勢の人によって音になる瞬間の尊さを知り、「作曲家になろう」と強く決意しました。その後、桐朋学園大学、オランダ留学、そして現在のポルトガルへと続いています。
- 金﨑
- オランダへ留学されていたのは、師事されたい先生がいらっしゃったんですか?
- 向井
- はい。非常に難解な曲を書くリチャード・バレット先生に師事しました。私とは違うスタイルの曲を書く方なんですが、美学をもって書かれているのが面白くて、この先生につきたいと思いました。また、私自身は電子音を作曲に取り入れることが多く、電子音を含む音に対する研究を行っている「ソノロジー研究所」があったのも理由の一つです。そこで音の波形やプログラミングなどの研究を行っていました。
- 金﨑
- 電子音楽の研究ができるんですね。今回の作品でも電子音楽的な要素は多いですよね。
- 向井
- オーケストラという「人間が奏でるメディア」を使いながら、電子音楽的な音の波形を意識したオーケストレーションを取り入れたり、ノイズを多用したりといった実験的な試みをたくさん盛り込んでいます。
- 金﨑
- お二人は以前から親交があるようですが、向井さんから見た千葉さんの印象はいかがですか?
- 向井
-
10年以上前、千葉君が大学のソリスト・ディプロマの修了試験でプロコフィエフのソナタを弾くのを聴いて、その音楽性に衝撃を受けました。当時から彼は有名でしたが、学校ではあまり見かけない謎めいた存在でした(笑)。
千葉君は何でもできる人で、特殊奏法であってもそれを「歌」として美しく奏でることができる稀有なソリストです。ですから、今回は一切の容赦なく、自分の書きたいものを全て書きました。
今回の曲目の聴きどころとしては、ヴァイオリンが単なるソロではなく、オーケストラとお互いを映し出す鏡のような関係性にある点です。ノイズの一つひとつまで歌にしてしまう千葉君の音楽と、それに呼応するオーケストラの化学反応を楽しんでいただきたいです。
- 金﨑
- 向井さんが影響を受けた音楽家はいらっしゃいますか?
- 向井
- 影響を受けた作曲家はたくさんいますが、フォーレやラヴェルの色彩感は常に自分の中にあります。一方で、クラシック音楽以外だと椎名林檎さんから多大な影響を受けています。東京事変も含め、彼女のカッコよさは世代として外せません。電子音楽ではオウテカなども聴きますし、レゲエのパーティーにも行きます。ジャンルを問わず、音楽そのものが大好きなんです。
- 金﨑
- 実は私も東京事変はじめ椎名林檎さん大好きです。ちなみに、一番好きな曲は?
- 向井
- 「熱愛発覚中」です(笑)。ハマったきっかけは「修羅場」でしたが。
- 金﨑
-
あ~、「熱愛発覚中」、いいですよね…!!
千葉さんはクラシック音楽以外だといかがですか?
- 千葉
- そうですね…マイケル・ジャクソンは一時期聴き込んでいました。
- 向井
- マイケル・ジャクソン!意外な答えでした。「あいみょん」さんとか聴いていたらさらにギャップがあって面白かったんですけどね(笑)
- 金﨑
- 人生で一番嬉しかったこと、悲しかったことは?
- 千葉
-
悲しかったのは、飼っていた犬が留学中に体調を崩し、亡くなってしまったことです。最期は日本で看取ることができましたが、あれは本当に辛い時期でした。
嬉しかったことは、すぐには出てきませんが…。演奏の技術的な部分だけでなく、音の出し方や音楽性といった、自分がこだわって研究している部分を深く理解し、褒めていただけると非常に嬉しいです。
- 向井
-
悲しかったことは……恋人と別れたことにしておきましょう(笑)。
一番嬉しかったのは、実は「昨日」かもしれません。昨日は宮田大さんとのチェロ協奏曲の初演でしたが、自分の狙い通りにオーケストレーションが完璧に機能していましたし、東京佼成ウインドオーケストラの奏者の皆さんにも真摯に向き合っていただきました。作曲家として、自分の至らなさを感じることも多い日々ですが、昨日はこれまでの努力が報われたような、尊い時間でした。
- 金﨑
- 今回の演奏会では、一番を更新できるように団員一同頑張ります!
今後の展望とメッセージ
- 金﨑
- 今後のご活動の展望や、当日お越しくださるお客様へのメッセージをいただけますでしょうか。
- 向井
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現在は、乙女文楽や女義太夫といった日本の伝統芸能を後世に残すための作品作りにも力を入れています。
今回演奏する曲は、私にとって2作目のヴァイオリン協奏曲です。オーケストラ作品が演奏される機会は非常に貴重です。自分の好きなヴァイオリンの音をふんだんに詰め込みました。協奏曲のスリルや空気感は、録音ではなく会場でしか味わえません。ぜひ生で体験していただきたいです。
- 千葉
- 私は特定の分野に絞らず、演奏や教育など様々な形で音楽に関わっていきたいです。今回の曲はロマン派の協奏曲とは異なりますが、人間の言葉や生きる音がそのまま音楽になったような、非常に表現のしがいのある作品です。ホール全体を使って響きを作り上げますので、その中に入り込むような感覚で聴いていただけるとうれしいです。
向井響さん、千葉水晶さん、ありがとうございました!