作曲家 冷水 乃栄流 X アンサンブル・フリー

作曲家の冷水 乃栄流さん

Special Interview

≪TOKYO REQUIEM≫の作曲者である冷水 乃栄流さんに当団の指揮者、浅野がインタビューしました。

作曲家・冷水乃栄流について

浅野
本日はお時間をいただき、ありがとうございます。今回は、9月27日の「アンサンブル・フリーEAST 第25回演奏会」で演奏させていただく『Tokyo Requiem』の作曲者である、冷水乃栄流さんにお話を伺います。楽曲への理解を深めるとともに、演奏会に向けて多くの方に興味を持っていただけるインタビューにしたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
冷水
こちらこそ、このような機会を設けてくださりありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。
浅野
早速ですが、まずは冷水さんご自身のことについてお聞かせください。作曲を始めたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
冷水
実家にピアノがあったんです。幼稚園児くらいの頃から自由に鍵盤に触れていて、その頃から聴いた音をなんとなく真似して弾くことができました。
浅野
何も習っていない状態で真似して弾けるなんて、すごいですね! やはり当時から才能があったのですね。
冷水
いえいえ、作曲家やピアニストになっている人たちの間では、実はよくある話なんですよ。幼稚園児のすることですから、今やっている「作曲」とはだいぶ質の違うものですしね。どちらかというと「即興演奏」に近いのかもしれません。ただ、それが私の記憶にある一番古い音楽の原体験です。「作曲」であれ「即興」であれ、それが楽しかったのは間違いありません。そこからヤマハの音楽教室に通うようになり、中学生くらいから本格的に作曲家を目指そうという気持ちが芽生えました。
浅野
これまでに影響を受けた作曲家はいますか?
冷水
ダントツで吉松隆さんですね。リゲティなども好きです。
浅野
いわゆる「聴きやすい」作品が多い作曲家ですね。
冷水
はい、彼らの音楽は自然体で聴けるんです。ほかにもいろいろ聴きますけどね。気合を入れたら、ブーレーズなども聴けますよ(笑)。
浅野
気合を入れたら……(笑)。これは吉松隆さんの作品にも通じるかもしれませんが、冷水さんの作品は「エモい」タイトルが多いですよね。
冷水
タイトルは本当に大切です。誰もが名前を知っている大作曲家なら別ですが、私のように「これから名前を知ってもらおう」という若手作曲家は、作品のタイトルで興味を惹かなければ、まず聴いてもらうところまでいけませんから。
浅野
確かに、最初に目に入ってくる文字情報は「作曲家名」と「作品名」ですものね。
冷水
そうなんです。むしろ、それしか掲載してもらえない場合だって多いんですよ。タイトルからも「ぜひ聴いてください」という姿勢を示さなければいけないと考えています。
浅野
『Tokyo Requiem』や『脆弱ノスタルジア』、『Not Found』など、タイトルの付け方に「セカイ系」のアニメ(主人公たちの恋愛などプライベートな人間関係が、地球の存亡といった壮大なストーリーに直結していくアニメ)や、ポストアポカリプスもののゲーム(文明が一度滅びてしまった後の世界を舞台にしたゲーム)を連想させるものがありますよね。
冷水
ええ。「セカイ系」などは若干の皮肉を込めたニュアンスで使われることもありますが、私は大好きなんですよね。「そんなバカな(笑)」と思うような荒唐無稽なストーリーが展開されたりもするのですが、そこがいい。創作物にそこまで論理的な筋書きを求めるより、現実世界では起こりえないようなことこそ求めたほうが面白いじゃないですか。
浅野
確かに、そもそもフィクションですものね。
冷水
ええ、フィクションの力を軽視してはいけません。人間はフィクションが大好きなんです。現実世界だって、フィクションの要素を持ち込んだほうがうまくいく時もありますから。「嘘から出た実」という言葉もありますしね。現代社会の閉塞感って、あまりに「ちゃんとしないといけない」「筋道が通っていなければならない」と制限をかけすぎることが原因なんじゃないかな、と思うことがあります。
浅野
音を使って、フィクションの世界を作りたいということですね。
冷水
全然言語化できなくても、表面的には支離滅裂に聴こえたとしても、「面白い!美しい!」と、思う音を書き続けたいですね。
浅野
具体的に好きなアニメなどはあるのですか?
冷水
新海誠監督の作品は大好きですよ。彼も『言の葉の庭』や『秒速5センチメートル』あたりまでは、「自分の書きたいものを書けばいい」というような作風だったと思うんです。そこから近年の作品になるにしたがって、段々と「視聴者と分かち合える作品を作ろう」という姿勢に変化していったと感じます。こういった創作態度の変化は、いま作曲家として活動するにあたって、とても共感できる部分ですね。
浅野
確かに現代音楽の世界だと、「まずは作曲家が表現したいものを作る」といった姿勢で作品を生み出す方も多いですよね。
冷水
ええ。もちろん、そういった姿勢で自身の世界を極めていかれる方がいらっしゃることは否定しません。ただ、私自身は、今の現代音楽の世界は聴き手側との距離がありすぎるように感じています。「現代音楽は意味がわからない」という感想は、作り手と聴き手に共通のバックグラウンドがないことから生まれると思うんです。物語であれば、しっかりと起承転結があること。そういう作品を「陳腐だ」と批判することは簡単でしょうけれど、一周回って現代だからこそ、そうした分かりやすい枠組みを音楽に導入することの必要性を感じています。
浅野
「作品のタイトルは一見して関心を持ってもらえるように」「ストーリー展開もわかりやすく」など、一貫して聴き手に寄り添う姿勢をお持ちなのですね。
冷水
実は、私の実家は和歌山で靴屋を営んでいるんです。両親も音楽家ではありませんし、商売人の精神性のようなものを受け継いでいるのかもしれません。お客様に満足してもらってこそ、作り手側も幸せになれる。みんなでハッピーになりたいですよね!

『Tokyo Requiem』について

浅野
『Tokyo Requiem』は、「レクイエム(鎮魂曲)」という言葉のイメージに反して、とても明るくてユーモアあふれる作品ですよね。
冷水
いかにも「人間の苦しみをリアルに描きました」というような曲を書くのは、あまり好きではないんです。レクイエムだからといって、必ずしも湿っぽくなければいけないという決まりはありません。哀しみを抱えながら笑っている人もいますし、明るくて軽やかな理不尽だってあるでしょう。私はそういった、一面的ではない作品のほうが面白いと感じるんです。
浅野
特殊奏法や、細かく作り込まれた楽器ごとの割り振りなど、常に意表を突かれますし、遊び心にあふれていて聴いていて楽しくなるレクイエムですよね。タイトルに「Tokyo」と付いているのはなぜですか?
冷水
単純に、自分が今東京にいるからですね。「今、この場所から音楽を発信したい」と考えたときに、自分自身が実感を持てる作品を書きたいと思ったからです。
浅野
それも「多くの聴き手と共感したい」という姿勢の表れですね。ほかにも、この作品で特に聴いてほしいポイントはありますか?
冷水
キラキラとした音像、そして音風景の細やかさですね。
浅野
本当に……楽譜を見ていると、細かすぎて目が痛くなってくるほどです(笑)。
冷水
「ここまで作り込まなくてもいいじゃないか」というくらい細かく書きました。もうこれは自分自身のこだわりですね。先ほど話題に挙げた新海監督のアニメ映画も、背景などの描写が本当に細かいですよね。あの細部へのこだわりこそが、一つの世界観をつくっているのだと思います。
浅野
そうなると、私たちも曖昧な演奏はできませんね……心します! 先日、初めてのリハーサルにお越しいただいた際の印象はいかがでしたか?
冷水
オーケストラが「良い意味で受け身ではない」そして「良い意味で受け身である」という印象でした。
浅野
とおっしゃいますと?
冷水
アグレッシブに作品を解釈して、自律的に演奏してくださる。けれど決して好き勝手に演奏しているわけではなく、常に作曲者の意図を尊重し、こちらに確認を取りながらベクトルを合わせてくださっていました。

演奏会に向けて

浅野
ありがとうございます。冷水さんの書かれた世界観をご来場くださる皆さまにお届けできるよう、私たちも精一杯頑張ります。最後に、この記事をご覧いただいている皆さまにメッセージをお願いします。
冷水
いま、冷水乃栄流の作品を生で聴いておくのは、きっと後々大きな価値が出ますよ! 面白い瞬間に立ち会えると思います。後日、動画配信などもされるかと思いますが、それを見たら絶対に「生で聴いておけばよかった!!」と悔しがられるはずです(笑)。
浅野
それは確実ですね(笑)。生演奏でなければ伝わりきらない細かい音が、本当にたくさん散りばめられています。皆さま、ぜひお楽しみに! 冷水さん、本日はお時間をいただき、本当にありがとうございました!
冷水
ありがとうございました!

冷水さん、ありがとうございました!